狸の昔ばなし

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宿とはいっても人間のを真似ただけだという女将の言葉通り、泊まることになった建物は少し違和感があった。建物自体はきれいで整っているのだが、階段の代わりに急な坂が設置してあったり、廊下が無駄に高く、歩いて通る客と飛んで通る客どちらも対応であったり。あと、大抵のものがよく知るそれらに比べれば一回り二回り大きい。なんとも不思議な感じがした。自分が子供に逆戻りしたみたいな、そんな変な感覚。 「なんか落ち着かないわね、ここ」 「あたしには昼間より大分落ち着いてるように見えるんやけど、やっぱりここもなんか嫌なん?」 荷物を一通り整理し終えたらしく猫は畳の上にごろりと転がっている。男性陣と一旦別れ、部屋に来たはいいが晩御飯が出される時間はまだまだ先なのだとか。この早さでずっといけばあと数日、先生の望んだ日の前日には狐たちが暮らすあたりにつくらしい。時間の無駄だとは思う。今のうちに歩けば隣の街にはつきそうなものだ。 けど、それがここが嫌であると同じとは違う気がするわね……。 「まあ、あんま口出しするのは嫌やけど、疲れるようなことばっかはしない方がええよ。怒ったりって大切なことなんはわかる。でも、それを続けんで欲しいなっては思うんよ。嫌ならぶつけてもあたしらはあんま文句言わんから」 「らしくないこというのね」 猫はかもしれんねと小さく呟いてごろんと転がる。上を向いたその視線は昼間の狸と同じ、遠いどこかへと向けられている。それで、もうからかう気も失せてしまった。 窓の外を見やれば景色はなかなか悪くない。街の入り口であるそこからは夕日を浴びる街並みが一望できた。茜色の空、うっすら紫がかる雲。飛び交う鳥も声が届かず、姿も影のように黒く、雀か鷹かの区別もつかぬほど小さくなっていると景色に変化を持たせようとつけられた飾りのように見える。 「あんたはのんびりだといらいらしないの? 猫って人に合わせたがらない印象なんだけど」 「あたしは別にそういうんはないなあ。一時期人間のとこで暮らしとったんもあるかもしれんね。まあ、百年くらい前だからほとんど忘れちゃったけど」 あくび混じりの声をのんびりとききながら、眺める空はだんだんと暗くなっていた。 ◇◇◇
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