猫の手鏡

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「ふーん、紅葉(くれは)っていうんや。ええ名前だと思うよ」  夢さんは俺の隣、正確に言うのならば少し前方をを楽しそうに、そしてなぜだか満足そうな横顔を見せて歩いていく。案内なんてしなくても部屋知ってるんじゃないのか、この人。 「ここ」  先生がいつもお客さんを案内する部屋の襖をあけ、中に通す。先生は机でなにやら書き物をしているようで、大量の料紙が机の回りに散乱している。この人また怒られたいらしい。あ、そもそも人じゃないか。何度か文句を言われているのを声だけで聞いたことがあるが、少なくとも今日まで改善する気配はなかった。俺ともう一人の住人である桐花さん以外はそんなこと気にしないようで、たまにやってくる客人たちはなんのそぶりも見せない。遠目で見たり声を聞いたりがほとんどだから本当は言っているのかもしれないけれど。 「何が起きたのか聞いても構わないかい? それにしても、私のところにそのような用件を持ち込むなんて珍しいこと」  手は動かしたままで先生が言うと、夢さんは思い出したように困り顔になって、幾分か低い声で話し出した。 「あたしの鏡が盗まれたんや。ちゃんと片付けておいたのに。他のものとかまるっきし無くなってへんし、おかしいなって思って探し屋のたまきちゃんにも頼んだんや。けど、街の外に有るって言われてしまって……先生なら外のこと詳しいから何やわかれへんかな」  さっきまでのは空元気だったのか、たんに喜怒哀楽が激しいだけなのか。夢さんはしょんぼりと俯いている。先生の方はというと、全く同情も動揺もする様子はなく書き物をつづけていた。居心地が悪いけれど、動くこともできず、俺はじっとその様子を眺める。 「心当たりはなくはないけれど……幾つか確認しなくてはならないし、少し出かけましょうかね。夢さんはここに残って紅葉くんに異国についてでも教えてやってください。そこは私も詳しくないもので。では、留守番お願いします」
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