猫の手鏡

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 それだけ言うと先生は静かな動作で筆を置き、写していたらしい書物を閉じる。立ち上がった動きによって数枚の量紙が畳を滑って移動した。これを繰り返すことであの部屋が出来上がるのかもしれない。と言うか、既にこの部屋も俺が使わせてもらっている場所よりもずいぶん散らかっている。 「一人でいくん?」 「いや、桐花をつれていく。心配は要らないと思うけれど」  少し楽しそうに先生は笑って部屋を出ていく。その着物の端に結び付けられた鈴が思い出したように音をたてた。夢さんは少し不満そうな声をあげていたが、しばらくするとあきらめたらしく俺のほうに向きなおり、ここに来るまでと変わらない笑顔を見せた。 「で、何知りたいん? わかることなら聞いてくれれば言うよ!」  と言ってくれるのはありがたいけども、そもそも俺が異国の存在を知ったのがほぼ一か月前だ。俺の住んでいた村は山奥だし、何十年も使っている物であっても修理して使い続けないとならないほどには貧しかった。その方が味があってよいなどと言う村人も中にはいたが、ほとんど皆が不便だと感じていたのを俺でも知っていた。先生が見せてくれた箱や時計はどれも細かな細工が施されていたりして、見ただけで高そうだと思った。当然、村にそんなものがあるはずはない。 「何、と言われても……異国ってものがあるってくらいしか分かんないんだけど」  隠すこともない。けれど、同い年くらいに見える少女よりも無知であるというのは……な。何時からか拳が無意識のうちに握られていた。見た目だけの同い年であっても、負けた気がして少し悔しい。 「なるほどな。そないなら基本として、異国との関わりからおせてあげようかな」  夢さんの頭上でまた、不自然な形をした髪が動いた気がする。気のせいなのか事実なのかと悩んでいるうちに夢さんにどこからか持ってきたらしい紙と筆を押し付けられた。
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