蒼空

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佐藤マモルが飛び乗ったクラウンは、現場からひたすら遠ざかった。窓の外の夜の灯りが、猛烈な速さで後方へ流れて行く。夢の世界をさ迷っているようだ。街の灯りは、銀河。生命の存在しない、死の星の集まり。死の星の間を真っ直ぐ光速で、天国目指してひとっ飛び。 連れてってくれよ。夢の天上世界へ。 だが、クラウンが向かっているのは、天国とはほど遠い場所。佐藤マモルは、後部座席で目を開けた。車内は、ニコチンの悪臭が立ち込めていた。吐き気がした。 いま、クラウンの運転席でステアリングを握っているのは、北田ハルオ。そのすぐ後ろの後部座席で佐藤マモルと並んで座っているのは、半田アキトモ。どちらも佐藤マモルの兄弟分だ。年齢は半田が佐藤と同い年の二十八歳。北田がひとつ下の二十七歳。 「佐藤、見てたぜ。すげえ拳銃さばきだったな。なかなか出来るもんじゃねえよ。おまえやっぱりすげえよ」 半田アキトモが言った。 「本当に凄かったなあ。兄貴が撃った弾丸(タマ)、大当たりだったんじゃねえか」 運転席の北田ハルオがそう言うが、おかしな言い回しだ。すかさず半田が吹き出した。 「おめえ、パチンコみたいに言うな」 北田が、ハンドルを握って前を見たまま、首を傾げた。 「いや、弾丸(だんがん)が当たったって話さ」 「ああ。北田の言う通りさ。多分、六発全部が、欽田政夫に命中した」 佐藤マモルは答えながら、今さら身体が震え出すのを感じていた。しかし、それをふたりの兄弟分にだけは知られたくなかった。だから、それ以上余計なことをしゃべらず、ただ後部座席で身を固くして、時が過ぎるのを待っている。 クラウンは犯行現場を遠く離れてから、法定速度を頑なに守った。男三人を乗せたクラウンは、そのまま国道を南下した。 目指すは隠れ家。若頭の松平が用意した、安アパートの一室だ。 「佐藤、いよいよ幹部だな」 「すげえなあ。おい、そしたら俺も、兄貴とは敬語で話さなきゃな」 「ああ。いや、今までと同じでいいよ」 頭の中を霧が立ち込めたような感覚が襲っている。目を固く閉じた。女の絶叫が聞こえる。空耳だ。わかってはいても、身体を八つ裂きにされるような気分だ。それから逃れるべく目を開けた。窓の外の流れる夜景を、ただぼんやり見つめた。 欽田政夫組長の死に顔が、白く流れるガードレールに浮かんでは消えた。 「死刑にしてやる!」 女の絶叫。 刑務所に入るのは笹木だ。チンピラの笹木だ。石倉組長の愛人のバカ女からそそのかされ、組のカネを盗んだチンピラの笹木。ヤツが身代わりとして出頭するのだ。 恐らく笹木は無期懲役だろう。 標的(マト)の欽田政夫組長以外、死人はひとりも出ていない。仕事の出来は上々だった。笹木は死刑を免れるはずだ。もしかしたら、懲役十五年程度で済むかもしれない。運が良ければ、十年も経たず仮釈放で出てこられるのかもしれない。命があるだけ、ありがたいと思え笹木。 もうそれ以上を考えたく無かった。だから、佐藤マモルは、脳内から笹木の記憶をすべて消去した。 笹木って、誰だ。誰なんだ、そいつ。そんなヤツ、知らねえ。そう、その調子だ。もっともっと、図々しく生きるんだ。
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