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「明日の夜、雛田組の事務所まで来い」
佐藤マモルは、拳銃の撃鉄を起こした。
「免許証、見せろ」
金髪は動かない。
「こっちは早く帰ってさっさと寝たいんだよ。めんどくせえ手間かけさせんな。早く免許証見せろ」
金髪は、やはり動かない。
「だったら、死んでみるか。ひとり殺すもふたり殺すも一緒だからよ」
金髪の小僧が、固く固く両目を閉じている。
火の着いた煙草を投げつけられた。高級車レクサスのボンネットをへこませた。チャラと言えばチャラだった。緊張と疲れが祟って、眠たくて瞼が落ちそうだったし、いい加減、面倒くさかったということもある。だから佐藤マモルは、あっさりと言った。
「やっぱり事務所には来なくていいわ。その代わり、二度と俺の前にその面見せるんじゃねえぞ」
「はひっ」
金髪男の、蚊の鳴くような声が、震えていた。はい、と返事した。すなわちそれは、この街から尻尾を巻いて出てゆく。そういうことだ。
「意味分かって返事してんのか、おまえ」
佐藤マモルは両目をひん剥いた。その瞳孔が、冷酷無比に狭まる。
「街から消えろ。今度この街でおまえを見たら、俺は承知しねえぞ。そんときは、おまえのクルマを道路の真ん中で引っくり返す。ハッタリじゃねえぞ。俺の一声で若い衆が二十人は集まる。ヤクザが二十人も集まったら、クルマなんか簡単に引っくり返るぞ」
佐藤マモルは銃を握る右手に力を込めた。
「110番してもいいぞ。ヒマワリなんか怖くもねえ。どうせ俺達はすぐ釈放だ。その代わり、おまえに一生つきまとってやるから覚悟しとけ」
軍用ガバメントを金髪男の口から引き抜いた。ガバメントの銃身とスライドが金髪男のよだれに濡れて光っていた。しかし、そんなことには構わず、佐藤マモルは拳銃をジーパンのベルトに差し込んだ。上着のMA1で、それを覆い隠した。
泣き声が、聞こえる。
「すみませんでした。許してください。本職の方だとは知らなかったんです」
金髪男は下を向いたきり、佐藤マモルの顔も見ようとしない。他人と話してる時は相手を見ろ、なんていうような、何処かの偏屈クソジジイみたいな小言を言うのも馬鹿らしく思えた。だから佐藤マモルは、レクサスの助手席の十代の女を見て、静かに言い放った。
「おい。お前まだ中学生だろ。夜遊びしてんじゃねえぞ。この馬鹿から送って貰って、さっさと帰れ」
助手席の厚化粧娘は、あさっての方向を見ている。
金髪の尻を蹴って運転席に押し込んだ。仕上げに右足でドアを蹴った。上手い具合にドアが閉まる。
あまり長引かせても厄介だ。深夜だし、寝惚けたコンビニ店員だってさすがに気づくだろう。何も感じていないとしたら、逆にどうかしている。
佐藤マモルは振り返らず、顔を隠しながら、クラウン目指して真っ直ぐ歩いた。そしてクラウンのドアを開け、後部座席に身体を預けた。
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