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二十歳の誕生日から一週間が過ぎた。
今日、午後の一時を過ぎても、布団から出る気分にはなれなかった。一時間後には、雛田組の事務所に顔を出さなければならない。そこで凶器の拳銃を受け取り、松平から付き添われて出頭する。そんな筋書だ。
「あいつら!」
笹木レンは叫んだ。
女の閉じた瞼が震えた。
絵莉花。笹木の腕の中で眠りこけていた全裸の絵莉花が、薄く両目を開けた。
絵莉花は十四歳になったばかりだ。まだ、穢れを知らぬ。まだ、あどけない。見た目の上では、未だそんな雰囲気の残る少女だ。
絵莉花は、家族、友人、学校、生まれ育った東京の街。それらのすべてを捨てた。宛てもなくただ漠然と北の地を目指し、列車に揺られ、この街に流れ着いたのだ。
見知らぬ東北の街の、初めて見る景色。不安だった。街は灰色だった。
あの日は、ひどい雨だった。
雨に濡れた。途方に暮れた。
やがて、絵莉花は拾われたのだった。拾ったのは笹木レン。通りかかったのは、ただの偶然だった。
笹木からすれば、それは野良猫でも拾うような感覚だった。けれども、絵莉花はそれを、運命と思った。
笹木レンは、自分のアパートに絵莉花を連れ帰った。そのまま、絵莉花を住まわせた。それが半年前だ。
しばらくはろくな会話も無かった。笹木は彼女に対して指一本触れず、ただ飯を食わせてやる毎日だった。
何がきっかけだったのか、思い出せない。
ある日のこと。笹木レンが、絵莉花を急に抱き寄せた。それから毎日毎晩、ふたりは無我夢中で互いの身体をまさぐりあったのだった。
この世に生まれ落ちた瞬間から家族の情も知らず、施設で死んだように過ごして来た。そんな笹木は初めて実感出来たのだ。自らが今、生きているということを。
あれから、半年。
「絵莉花」
まだ話していない事を絵莉花に話さなければならない。そして、別れを告げなければならなかった。
やってもいない重い罪を背負わなければならない。そして、残りの一生を暗い塀の中で過ごさなければならないのだ。
笹木レンは賢い男ではなかったが、決して馬鹿でもなかった。市街地で拳銃を発砲し、人の命を奪うという凶悪事犯が、どれだけ重い罰を受けるのか、笹木レンは知っている。
――死刑。
絞首台の十三階段を登る自分の姿が、瞼の裏に浮かんでは消えた。
「絵莉花、聞いてくれ」
笹木レンは語った。ここに至ったおぞましい経緯を。
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