失踪

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絵莉花の囁くような声が、笹木レンを無言で頷かせた。笹木レンは、何度も何度も絵莉花の可憐な唇に覆い被さった。そうしてから、静かに絵莉花の身体から離れ、立ち上がり、クローゼットの奥を引っ掻き回した。 振り向いた笹木レンの右手が、古ぼけた自動式拳銃を握っていた。 中国製トカレフM54。三十口径。八連発。 若頭からバラバラにして海に捨てろと命令されて預かったきり、クローゼットの肥やしとなっていた拳銃だった。 笹木の手にした拳銃は、トカレフとはいうものの、旧ソ連製のオリジナルではない。中国製の粗悪なコピー品だ。しかも、散々使い古されていた。それでも、トカレフは殺傷力だけはアメリカ製やドイツ製の高性能拳銃に引けをとらない。そして何より、いざというとき何もないよりは、こんな屑鉄でも持っていたほうが安心だった。 「絵莉花、急ごう」 笹木レンは、何度も洗濯しすぎて水色になったジーパンに足を通しながら、絵莉花を促した。 十四歳の可憐な少女は、裸の胸を隠そうともせず頷いた。 深夜の暴力団組長繁華街路上射殺事件からちょうど十二時間の後、雛田組組員笹木レンと家出少女絵莉花は、姿を消した。ふたりは、失踪したのだった。
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