深夜

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それにしても気の毒なのは、身代わり出頭させられるアイツだった。 笹木レン。ようやく二十歳になるかならないかの、まだ刺青も入れてないような若者だ。組長の側近。組長専属の運転手。 笹木は、親分である雛田組組長石倉の愛人からそそのかされて、盗みを働いた。組事務所の金庫からカネを盗んだのだ。組の執行部としては、親分が入れ込んでいる愛人をケジメつけさせるわけにも行かず、結局笹木ひとりが罪をかぶる形となった。 笹木は、若頭の松平から言われたそうだ。 「何考えてんだ。組のカネ盗んじまったら終わりだぞ。ケジメつけろ。しかし、指を詰めたぐらいじゃケジメつかねえぞ。笹木、道はふたつしかねえな。土の下に埋まるか。それとも、佐藤の身代わりになるか。どっちか好きなほうを選べ」 ガタガタ震えながら泣き、笹木は虫の鳴くような声で答えたそうだ。 「身代わりになります」 そのとき笹木は、小便を漏らしてたってもっぱらの噂だ。しかし、それはあくまでも噂だ。あれはああ見えて、根性が据わっていた。笹木が小便など漏らしているはずがなかった。
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