深夜

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運命、というものがある。便利な概念だ。それで世の中の大抵のことは説明がつくし、てめえの身の回りの理不尽は、それのせいと思えば大抵すっぱり諦めがつく。 身代わり出頭は笹木の運命だった。 非業の死は欽田の運命だった。 「笹木。悪く思うんじゃねえぞ。刑務所暮らしはおまえの運命だった。欽田さん。あんたは今夜死ぬ。そういう運命だ。俺が殺らなくても、誰かがあんたを殺る。恨まないでくれよ。佐竹さん。撃ち返すんじゃねえぞ。あんたは黙って腰抜かしてろ」 両目を固く閉じた。「恨むなよ」と、何度もつぶやき続けた。 背中を冷たい汗が流れた。心臓の動きが異様に早くなる。 人を撃つ。人を殺す。悪夢だ。終わりの無い永遠の悪夢が今、始まる。 一応はヤクザだから、修羅場はそれなりにくぐり抜けてきた。それでも、何とも言えないこんな酷い気分は、生まれて初めてだった。
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