深夜

7/10
前へ
/558ページ
次へ
拳銃の腕前だったら自信がある。少なくとも雛田組には、佐藤マモル以上の拳銃の使い手はいない。 しかし、今回の標的(マト)は生きた人間だ。紙の標的とはわけが違う。 「生きた人間か」 今夜は独り言が多い。しかし、それにしても、ぶつくさと何かしゃべらずにいられない。相変わらず、頭上の蒼白い月もうるさかった。 話しかけんじゃねえ。お月さんよ、道徳の時間なら、小学生を相手にやってろ。 深夜の二時過ぎだというのに、ネオンがうるさい。街は眠らない。もしも街に眠る時間というものがあるのなら、それは明け方だ。 化け物が揺れている。化け物みたいな胸が、遠くで揺れている。深夜過ぎてもしぶとく店を回している違法営業のおっぱいパブが、ようやく店仕舞いらしい。 胸だけが恐ろしく目立っている。そんな卑猥すぎる奇妙な服で正体を隠した女達のシルエットが五つ、視線の先で動いた。女の一群が、路地裏からあふれ、表通りに流れてくる。表通りには、佐藤マモルが踞っている。 五人の女達のすぐ後ろ。筋肉質な大男がいる。ボディーガードの佐竹か。 おそらく佐竹に違いない筋肉大男のすぐ後ろ辺りを、五十前後のやはり筋肉質なポマード頭のサングラス男が大股で歩いている。 サングラス男の左肩。女がぶら下がっていた。厚化粧の三十歳ほどの女だ。胸が異様を通り越して、もはやあり得ないほど大きい。ああまで極端な巨乳女は、だいたいが決まった運命を辿る。本人が望もうと望むまいと、十代初めから周囲の好奇の視線に晒されるのだ。挙げ句、十八、十九となるかならぬかで、AV業界か風俗業界に引きずり込まれる。あんな身体では、本人が鉄の意思を備えてでもいない限り、真っ当な堅気の道を歩むのは難しい。 何れにせよ、間違いないはずだ。あの巨乳女と一緒にいるのは、欽田政夫組長だ。 距離は。十メートルか。だが、まだ早い。 五メートルだ。五メートルまで、待て。 知っている。動く標的を拳銃で狙い撃ち、確実に仕留める事が出来るのは六メートル以内だ。 だから五メートル。それまで、待て。 足元に転がしていたヤンキースのベースボールキャップを左手で拾い上げた。慎重にツバの角度を考えながら、結局は目深に被った。それから、右手を懐に入れたまま、ゆっくりと立ち上がった。 なぜだかわからないが、ジーパンの両足の間のモノが硬くそそり立っている。別に欽田の愛人の巨乳に興奮させられたわけでもない。そんな分かりやすい性的趣向など持っていない。胸なら小さいぐらいのほうがいい。それにしても、硬くなっている。不思議だった。どうしたことか。しかし、それを深く考える余裕など無かった。動く標的をめざすだけだ。一歩、また一歩と、確実に、確実に、ジリジリと近づいてゆく。それだけだ。
/558ページ

最初のコメントを投稿しよう!

236人が本棚に入れています
本棚に追加