焦燥

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しかし、五対一だ。結果は見えすぎるぐらい見えていた。 拳骨を握り締めた五人の傍系下っぱ組員達から、菊池はゴム毬のようにコテンパンに扱われた。人間サンドバッグだ。いや、人間パンチングボールか。 殴られ蹴られ、引きずり回され、菊池の意識が薄れかけたころ。松平がボディーガードを引き連れ、ひょっこりと事務所に現れたのだ。これによって菊池は、どうにか寿命を得た。菊池は助かったのだ。 「やめろう。馬鹿どもが」 一喝すると共に、松平は傍系組員達を制止した。 「何なんだそいつは。どこのどいつだか知らねえが、そんなにやったら死んじまうだろうが」 松平は、傍系組員らの頭を順番に叩いて回った。 「おとなしく掃除が出来ねえ行儀が悪いヤツの頭は、どんな頭だ。こんな頭か。こんな頭か。こんな頭か。こんな頭か。こんな頭か。ああっと。手のひら痛えわ、石頭どもめ」 叩き終えた後、松平は右手をヒラヒラさせた。そして、床をチラリと見て顔をしかめた。 「――ああ、床こんなに汚しやがって。お前らちゃんと綺麗に拭いとけよ」 項垂れる五人の傍系組員を尻目に、松平は仕上げとして平田の頭を軽く叩いた。 「そもそも平田、お前が居ながらこの(ザマ)はどういう事なんだ。事務所の留守番と雑用係の監督責任者はおまえなんだから、きちんと監督しろよ」 その後、松平は平田から一通りの説明を受けた。それから、殴られてボロ雑巾のようになった菊池マサキからも、事情をすべて聞いた。 事情のすべてを聞き終えた松平は、菊池の怖いもの知らずの度胸にまずは驚き、そして褒め称えた。それから松平は、菊池に言ったのだった。 「セルシオだっけか? ああ、レクサスか。クルマの修理代は心配するな。払うから。もちろん、治療費も込みだけどな」 若頭の松平は、とりあえず菊池に百万円を渡して示談とした。 「それで足りなかったり、修理で直らなかったら、またいつでも来い」 松平は、菊池に対してそこまで言った。 更に松平は、菊池に尋ねた。 「おまえ、仕事は?」 それに対して菊池は、「鳶職やってましたけど、先々月に仕事仲間と喧嘩してクビになりました」と、うなだれた。それを聞いた松平の鷹のような目が、悪賢く輝いた。 「中古のレクサスに乗るのもいいが、ベンツとかキャデラックとかジャガーに乗りたくねえか。うちの系列の組で働いてみろよ。おまえほどいい度胸してるんなら、まじめにやってりゃ五年で一家を持てるぞ」 「はあ。ベンツですか。乗ってみたいっすね」 「そうか、おまえベンツ好きか。俺もだよ。いいぞう、ドイツの高級車は」 松平は満足げに頷き、すぐに佐藤マモルを電話で呼び出したのだった。 佐藤マモルは、菊池とは対照的に松平からこっぴどく叱られた。揚げ句、ケジメとして二百万円を没収されたのだった。 更に佐藤マモルは、新たに組員として加入することになった菊池マサキの面倒を見るようにと、松平から厳命された。ようするに、菊池を子分として押し付けられたのだった。
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