like a dog

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「あぁ……最悪。」  練習部屋に戻り、ヴィオラを片付けていた沙友理は、そう呟くと同時に机に手をつき、ため息をついてうなだれてしまった。  ずり落ちてきた眼鏡を直す気力も沸かない。 「情けないなぁ……。」  自虐にも似た言葉に続くのは、二度目のため息。  あの後、二曲ほど短い曲を演奏したが、散々だった。  決して、聞くに耐えないような演奏ではなかったと思う。  だが、それは沙友理が必死で誤魔化しただけであり、自身では全く何一つ納得いってない。  ステージを降りた時、客席からは拍手をもらえたが、それも素直に受け取ることはできなかった。  一曲目で生まれた動揺は、後の二曲にも大きく響いてしまった。  それを誤魔化さなければならなかったことにも、立ち直れなかったことにも、ただ腹が立つ。  もちろん、自分自身にだ。  これでは、聴いてくれた人に失礼だ。  一曲目のあの曲を無意識に選んでしまうほど弾き慣れていた自分が恨めしい。 (……今更言っても、何も変わらないんだけどね。)  そう自分に言い聞かせ、沙友理はヴィオラをしまったケースの蓋を閉じる。  すると、背後からノック音が響いてきた。 「沙友理ちゃん、入ってもいい?」 「あ、はい。」  眼鏡を直した沙友理が答えると、すぐにドアは開き、現れたのは佳祐。  その顔を見ると、沙友理は一層申し訳ない気持ちになった。  部屋に入ってきた佳祐は、渋い表情の沙友理に、わずかに苦笑を浮かべた。 「緊張、してた?」 「……はい。」  それも理由の一つであったため、沙友理は苦々しく頷く。  佳祐は昨日沙友理の演奏を聴いている。  そのため、今日の調子がよくなかったことに気付いたのだろう。 「急なことだったからね。でも、引き受けてくれて本当に助かったよ。それに、次はあれ以上のものが聴けると思うと、とっても楽しみだな。今日のだって、なかなかいい演奏だったしね。」  肯定的に捉えたその発言は、彼が心から音楽を愛し、楽しんでいるからこそのものだろう。  それに少し励まされ、沙友理は不器用ながらも笑うことができた。  佳祐も笑みを返し、そして首を傾げて尋ねてくる。
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