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「この後接客に入ってもらおうと思うんだけど、マニュアルは読んできた?」
「はい、一応一通りは目を通してあります。」
昨日の面接の帰り、沙友理は佳祐から接客マニュアルを受け取っていた。
さほど分厚くはないそれは、全て目を通すのもそう難しくはなかった。
「うん、なら大丈夫かな。何かあったら僕らにすぐ聞いてくれればいいし、お客さんも優しいからね。そう堅くならないで、気楽にやってよ。」
「気楽に……。がんばってみます。」
「うん、じゃあ用意ができたら店の方に来てね。」
そう言って、佳祐は部屋を出て行く。
沙友理は軽く呼吸を整えると、軽く自分の両頬を叩いた。
(気持ち、切り替えよう。)
あの演奏を聴いた客たちと接するのには少し抵抗があったが、そうは言ってられない。
演奏時は下ろしていた髪を一つに結び、沙友理は店の方に向かった。
♯♯♯
接客自体に、大きな問題は特に起こらなかった。
元々接客業は経験があったため、戸惑うことなく仕事を進める沙友理。
だが、先程の演奏について触れられるのは、やはり少し苦痛だった。
「さっきの演奏の人だよね? よかったよ! いい演奏だった。」
「……ありがとうございます。」
「おー、さっきの演奏聴いたよー。」
「……どうも。」
「また聞きたいねぇ。」
「……。」
注文を聞く時、料理を運んだ時、レジでお金を受け取った時。
言われる度に、浮かべた愛想笑いが引きつっていくのが、自分で分かってしまった。
それでも何とか接客を続け、沙友理はカウンター席に座る青年に、コーヒーを運ぶ。
「お待たせしました、コーヒーです。」
「ありがとうございます。……あれ、さっきのお姉さんだ。」
「え?」
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