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幸いにも、雪は積もってはおらず、小さな粒は地面に落ちるとすぐに溶けてしまっていたため、沙友理は問題なくバイト先にたどり着くことができた。
沙友理の自宅から徒歩八分。
大通りを少し逸れた所にあるその喫茶店、【cafe music】。
近くには飲食店が他にも立ち並び、休日ではあるが、昼過ぎの今は人もまばらだ。
それぞれがメニューや内装など、様々なものを工夫して売りにする中、【cafe music】は特に変わっていた。
沙友理は、その変わった所が気に入り、軽い気持ちで面接を受けたところ、なんと合格。
それは、つい昨日のこと。
『じゃあ、明日からよろしくね~』
のんびりとそう告げた店長を思い出しながら、沙友理は前もって教えられていた店の裏手にある入り口に回った。
(さて、がんばるか。)
担いだケースの肩紐をいっそう強く握り、反対側の手でドアノブを掴む。
それを回そうとした時ーードアは勢いよく内側に引かれた。
「うわっ!!」
思わず前のめりになり、体の均衡を失う。
(こける!)
覚悟と同時に目を閉じた瞬間、沙友理の体が何かに支えられた。
「っと、大丈夫?」
頭上から降ってくるのは、低く落ち着いた声。
「え……?」
驚きながらも目を開けて見上げると、そこにあるのは端正な女性の顔。
「ごめんごめん、人がいるなんて思わなかったから勢いよく開けちゃったよ。」
謝りながらも快活に笑う顔は、美形という言葉がよく似合う。
濃い茶の髪に、色が白く、きめの細かい肌。
長い睫毛に、つり目気味の目尻。
鼻は高く、赤い口紅は凄まじい色気を放つ。
化粧は決して濃くはないが、彼女の魅力を存分に引き出している。
モデルのような艶やかさを持つ、二十代後半と見えるその女性は、手にしていたゴミ袋を置き、両手で沙友理を立たせてくれた。
「大丈夫? けがは?」
「ない、ですけど……。」
ずれた眼鏡を直し、沙友理は正面から女性を見据える。
「ならよかった。」
眩しいほどの笑みを浮かべる彼女に、沙友理は見覚えがあった。
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