music, start

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♯♯♯ 【cafe music】。  それは、音楽好きの西宮夫妻が経営する喫茶店。  その店の売りは、妻である菜央の作る美味で美しい料理、そして、店内での様々な楽器の生演奏であった。  店の扉を開ければ、右手にあるのはカウンター席と、その奥にはキッチン。  左手にあるのはテーブル席で、二人掛けのものから家族や団体向けの四人、六人席が並んでいる。  壁には風景画や、楽器を持つ人物画、さらには楽器のみが描かれた絵がかざられている。  そんな穏やかで落ち着いた店内の最奥には、ステージが備えられていた。  そこにあるのは一台のグランドピアノ。  しかも、なかなかいい品だ。  そのステージで、【cafe music】の最大の魅力、生演奏が行われる。  演奏は、平日は一回、夕方に、休日は二回、朝と夕方に行われている。  演奏するのは、西宮夫妻を含む【cafe music】の店員たち。  それこそが、沙友理がこの店でアルバイトをすることを決めた理由だ。  昨日の面接の際、店長の前で演奏を披露したが、なかなかいい評価をもらうことができた。  音楽は好きだ。  始めた時期は中学生と少し遅いが、高校、大学と、今までずっと続けてきた。  演奏の腕も、そこそこ自信はある。  ーーだが、これはあまりにも突然すぎる。 「沙友理ちゃーん! そろそろ音出し終わりにして店の方に出てくれるー?」 「……はーい。」  響いてきた菜央の声に、沙友理はいささか憮然と返した。  結局、店長の頼みを断ることもできず、沙友理は接客の前に演奏をすることになってしまった。  今日の二回の演奏を担当していたはずの人物は、朝の演奏の後に急用ができて帰ってしまったという。  頼りになるのは沙友理だけだと言われれば、断ることもできない。  正直、西宮夫妻のどちらかがすればいいと思うのだが、沙友理は新人の身だ。  どちらかが抜けてしまえば手が回らなくなると考えたのかもしれない。  という訳で、沙友理は店の最奥の練習部屋で楽器を用意し、音を出していた。 (まあ、突然だから簡単な曲でいいって言われたし、大丈夫か……)  そう思いながら、沙友理は構えていた楽器、ヴィオラを下ろした。
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