music, start

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 バイオリンと同じ、茶色の木製のフォルム。  四本の弦を擦って音を出し、そのために必要なのが、馬の尾の毛を張った棒、弓だ。  このヴィオラを、沙友理は長年引き続けてきた。 「沙友理ちゃーん?」 「今行きます。」  急かす菜央の声に答え、沙友理は自らの格好を見直す。  胸元に洒落た刺繍の入った白いシャツに、細身の黒いズボン。  店長に渡されたこの制服は、上品さと清潔さを合わせ持ち、一目で沙友理は気に入った。 (おかしなとこは、ないよね?)  一通り確認し、更にはヴィオラ本体と、弓の調子も見る。 (うん、大丈夫。)  そうして、少し早足で部屋を出た。  廊下を進めば、見えてくるのは店の部分に繋がる扉と、そこから顔を覗かす、菜央の姿。  同じ制服に身を包む彼女は、沙友理の姿に、嬉しそうに笑った。 「わぁ、本当にヴィオラだ! ヴィオラだけの演奏って、なかなか聴けないからね。楽しみにしてるよ!」 「あ、はい。」  改めて言われると、少しだけ体に力が入る。  それに気付いたのか、菜央は安心させるように沙友理の背を軽く叩いた。 「だーいじょうぶ! お客さんは皆優しいから! 緊張しないで!」  「はい。……ありがとうございます。」  菜央の優しさが少し嬉しくて、つい沙友理は微笑む。  それにまた菜央は笑みを深め、扉を開けてくれた。 「さっ、ステージにどうぞ! 譜面台はいる?」  譜面台とは、楽譜を置く台のことだ。 「いえ、暗譜している曲を弾くので大丈夫です。」 「そっか、いってらっしゃい!」  菜央に背中を押され、沙友理はヴィオラを片手に店に出た。  途端に聞こえてくる、客のざわめき声。  その中を進むにつれて、たくさんの視線が集まってくるのを感じた。  見慣れない沙友理が、新人だと気付いた人も何人かいるようだ。  沙友理は少しだけ呼吸を整え、ステージへと上がった。  次第に退いていくざわめき声。  店内が静かになった所で、佳祐がステージの前に進み出た。  軽く沙友理に笑いかけたかと思うと、客席に向かって一礼する。
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