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いつもと同じ時間に眺める朝のニュース。窓からかざす手には雨を感じない。 部屋の外からドアノブの冷たさに季節を感じ、濡れたサドルを手の甲で拭い、アパートから自転車をこぎ、大学に通う途中の山間。 時折目に映る白い息。それでも目覚めに風を感じられる、お気に入りの長い下り坂。 いつもと同じ速度で軽快にくだる「水谷遼ミズタニリョウ」。 昨夜の雨で路面はまだ濡れていた。
『いってぇ~』
右肩を軽く打ち、大事に至ってないか確認しながら起き上がる。 無意識に振り返ると見慣れない風景。
――あれ? こんな横道あったかな?
帰りは登りになることで、この坂を避けていた。 逆の方向から眺めたことはほとんどなかった。
――きっと気付かなかったんだな
頭をかきながら横道を眺めると、目立たない看板。木彫りでお店らしき屋号。
「偶明堂 ~未来に繋がる先人の書物~」。
――古本屋か? まだ大学の授業まで充分時間あるな……どうせ学食でサークル仲間と雑談する予定だったし。
身近なところで知らない店を見付けたことで湧く興味。 横道を進む。
周りは森林に囲まれた三階建ての大きな建物。遼の町に似つかわしくないまだ新しいその館は、本屋と言うよりもどこかの富豪邸。建物の前に手を後ろにくんで凜と立ち、少し笑みを浮かべた、館に似つかわしくも感じる「老人」が見える。
『あっ こんにちわぁ……ここは……あの……本屋? ですか?』
自分の言葉に自信なく尋ねる。期待する接客。答えの代わりに返る言葉。「転ばなければ」聞けない言葉。
『待ってましたよ』
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