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待っていた。明らかに知っている、遼の存在。必然性を匂わせる、一方通行な面識。
『えっ……僕初めてですよ』
自然に戸惑う言葉に、用意された笑み。
『そうじゃな……でも君がくるじゃろうと思っておったよ』
自信ありげに言う老人。理由を聞かないと進まない会話。
『どういうことですか? 僕を知ってるんですか?』
可能性。小さな町。どんな時に、不確実な約束をしたか。
『初めて会話するが、君がうちを見付けると思っておった』
確証ない言葉。無数に浮かぶ、否定な言葉。
『そんなぁ……ハハ、僕は自転車で転んでここを見つけたんですよ? 僕も知らない出来事ですよ』
正直な言葉に、嘘を臭わす違和感なら、背を向ける理由。
『そうじゃな……君があの坂をほぼ毎日、自転車で気持ち良く下る姿はよくみとった。年寄りの戯れ事だと思って聞いてもらえればよい』
戯れ事。聞き流してもいい。聞かなければ、忘れる会話。理由がないのは、聞かない理由。
『いつもスピード出してそこのマンホールの上を必ず通ったじゃろ。そのうち転ぶと思っとった。今日はもしかして見れるかと。雨は偶然じゃが、今日転ぶのは わしの読みじゃな。転ばずにこの場所を見つける理由も中々見当たらんもんでなぁ。小さい子供のいる母親は自分の子供の行動先読みして、危険がないように考 えるじゃろ? ハッハッハッ』
難しい解釈。疑いたくなる神経。まだ返す言葉は浮かばない。
――なんだか僕が転ぶのを願ったようだな……。
願われた転倒。願われた出会い。
『わしは君を待っとった。わしにとっての幸運の始まりじゃ』
おかしな事を言う老人。けれどその真意も気になる。いつでも振り返って去る事も出来る間合い。遼は生唾を飲み込み、耳を傾ける。
『どうぞ』
館のすぐ前には丸いテーブル。読書を外で楽しめる為か、自然を愉しめる空間。テーブルにはお茶の用意。湯気の上がるポット。痛めて冷えた身体に、温かさは自然な欲求。
『あっ……じゃあ、いただきます』
軽く会釈し、不安が多少ありながらも、席に座った。老人は立ったまま話し出す。
『君は運命とは何だと思う?』
老人の長話か、繋ぐ言葉に深さはない。
『あ~運命の出会いとか偶然とかですか?』
老人は軟らかい笑み。レモンティーは口に合う。
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