1人が本棚に入れています
本棚に追加
『偶然は一つの閃きで自分のものに出来るけれど、普通は気付かず、結果的に運命と言う人は沢山いるんじゃ』
『はぁ……』
唐突な結論に言葉が出ない。普段の軽い会話なら、会話を避けられる深さ。
『運とは結果のかたより。そのかたよりを自分で掴んだ時、運命は自分に転がる』
『はぁ……』
零す相槌には、白さの増す吐息。考え方が複雑。疲れてくる解釈。永い人生の結論。永い人生をこれから見る者。軽く返したい。その場しのぎが調度いい。理解しているつもりで。
『つまり運命って自分でつくるっていう……精神論ですか?』
『偶然で思いがけず幸運が訪れると人は「LUCKY」と言う。君にはこれから「LUCK」ではなく「セレンディピティ」が始まるであろう』
真面目過ぎる講釈。聞き慣れない言葉。決め付ける言葉は、自然な拒否反応。
『あの……何かの宗教とかの勧誘ですか? そういうのはちょっと』
テーブルに寄る老人。歪む表情は、叱られる覚悟。次の瞬間は、体調の気遣い。軽くよろける体。間に合わない心配な言葉。先に言われた意味深。
『もぅ……君に譲った』
立ち去りたい。会話が合わない。素っ気なさは、願う無関心。
『あの、もぅ意味がわからないんで……もぅいいですか?』
尋ねたい。角も立たない立ち去る許可を。理解出来ない。その意味も。
『わしはもう「能力」のないただのじじいじゃわぃ! ハッハッハ……一階は古本屋として利用していたがの、ほとんど客もこんからもぅ閉めようと考えとったわぃ』
老人はゆっくり振り返る。老人の深い息は、罪悪感を感じる。来ては行けなかったのか。話し相手に相応しくなかったのか。館に向かった老人の背中。再会の予感はしなかった。腑に落ちない気分。引きずりながらも公道へ。遼の背中から、静かに聴こえる声。
『ありがとう』
ごちそうになったレモンティー。軽い会釈が精一杯。明日から気になるのは、看板の無くなる日。
最初のコメントを投稿しよう!