【本屋】

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『偶然は一つの閃きで自分のものに出来るけれど、普通は気付かず、結果的に運命と言う人は沢山いるんじゃ』 『はぁ……』  唐突な結論に言葉が出ない。普段の軽い会話なら、会話を避けられる深さ。 『運とは結果のかたより。そのかたよりを自分で掴んだ時、運命は自分に転がる』 『はぁ……』  零す相槌には、白さの増す吐息。考え方が複雑。疲れてくる解釈。永い人生の結論。永い人生をこれから見る者。軽く返したい。その場しのぎが調度いい。理解しているつもりで。 『つまり運命って自分でつくるっていう……精神論ですか?』 『偶然で思いがけず幸運が訪れると人は「LUCKY」と言う。君にはこれから「LUCK」ではなく「セレンディピティ」が始まるであろう』  真面目過ぎる講釈。聞き慣れない言葉。決め付ける言葉は、自然な拒否反応。 『あの……何かの宗教とかの勧誘ですか? そういうのはちょっと』  テーブルに寄る老人。歪む表情は、叱られる覚悟。次の瞬間は、体調の気遣い。軽くよろける体。間に合わない心配な言葉。先に言われた意味深。 『もぅ……君に譲った』  立ち去りたい。会話が合わない。素っ気なさは、願う無関心。 『あの、もぅ意味がわからないんで……もぅいいですか?』  尋ねたい。角も立たない立ち去る許可を。理解出来ない。その意味も。 『わしはもう「能力」のないただのじじいじゃわぃ! ハッハッハ……一階は古本屋として利用していたがの、ほとんど客もこんからもぅ閉めようと考えとったわぃ』  老人はゆっくり振り返る。老人の深い息は、罪悪感を感じる。来ては行けなかったのか。話し相手に相応しくなかったのか。館に向かった老人の背中。再会の予感はしなかった。腑に落ちない気分。引きずりながらも公道へ。遼の背中から、静かに聴こえる声。 『ありがとう』  ごちそうになったレモンティー。軽い会釈が精一杯。明日から気になるのは、看板の無くなる日。
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