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あんなに嫌だった歌舞伎だったはずなのに、一度離れてまた触れてみて分かった歌舞伎の面白さと奥深さ。
だからこそ、カンナの答えはこの前演じた時から決まっていた。
「親父、改めて言わせてもらう。俺は歌舞伎の世界には戻らない。この前演じて、歌舞伎の凄さを全身で感じた。家にいた頃は自分が何のためにやっているのか分からなくて逃げ出したけど、今回の舞台でいろんなモノが見えて、素直に歌舞伎って良いもんだなって思った。だから、中途半端にはやっちゃいけないと思う。俺は五月の家には戻らない」
きっぱり言い切ったカンナに嵐蔵が鋭い視線を送り、それをカンナも受け止めていた。
「目を反らさなくなったな。それだけ儂を恐れなくなったということか」
独り言を呟くと、後ろに控えていた俊哉の方を少し振り返った。
「俊哉、聞いての通りだ。嫡男であるカンナが継がんと言っておる。五月歌舞伎、お前に任せる」
「慎んでお受けいたします」
俊哉が嵐蔵に頭を下げるのを見て、カンナはお願いしますと言いそうなのを飲み込んだ。
自分はもうこの世界に関わらないと決めたのだから、敢えて口にするのが憚れたのだ。
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