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壱
…
……
………
あれから幾日経ったろうか。
あの晩の旦那様は来なかった。
ご立派なお着物を着て、お刀をお持ちになった、整った顔立ちをしていた、あの旦那様。
毎日毎晩…アタシは旦那様を誘い続けた。
昼間は姉さん方にいたぶられ…闇が見え始めると旦那様を誘い…。
『あぁ…死んでしまえたらどんなに楽か…』
誘い続けながらも、アタシはそんな事を想い続けた。
そんな夜が過ぎ、『あの』旦那様が、またいらしてくれた。
旦那様はいたくアタシをお気に召してくれて、他の姉さん方には目も呉れず、
いらした時はいつもアタシをお呼びくださった。
「紫月…お前は何故この様な所へ?」
旦那様は一風変わっていた。
他の旦那様は、すぐに躰を求めた。
アタシには…苦痛でしかなかった。
然し、この旦那様はいつもお話をするばかり…。
「わたくしは…親に借金のカタで此処へ売られ、その時から親の顔は見ておりませぬ…」
アタシも何故か、気兼ねなく旦那様へ話をしていた。
ですがアタシも女郎…。とある晩、旦那様のお手を取り、アタシの胸に置いて訪ねてみた。
「此方は宜しいの…?」
「私はお前の声が聞きたいのだよ。だから躰はよい…」
緩やかに包んでいた旦那様のお手がスルリと抜け、酒をあおった。
「まぁ…。旦那様は変わってらっしゃるのですね…」
言うと旦那様は顔を少しだけ綻ばせ、仰った。
「よく言われる」
「まぁ…」
二人で顔を見合わせ、笑った。
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