1/2
前へ
/29ページ
次へ

… …… ……… あれから幾日経ったろうか。 あの晩の旦那様は来なかった。 ご立派なお着物を着て、お刀をお持ちになった、整った顔立ちをしていた、あの旦那様。 毎日毎晩…アタシは旦那様を誘い続けた。 昼間は姉さん方にいたぶられ…闇が見え始めると旦那様を誘い…。 『あぁ…死んでしまえたらどんなに楽か…』 誘い続けながらも、アタシはそんな事を想い続けた。 そんな夜が過ぎ、『あの』旦那様が、またいらしてくれた。 旦那様はいたくアタシをお気に召してくれて、他の姉さん方には目も呉れず、 いらした時はいつもアタシをお呼びくださった。 「紫月…お前は何故この様な所へ?」 旦那様は一風変わっていた。 他の旦那様は、すぐに躰を求めた。 アタシには…苦痛でしかなかった。 然し、この旦那様はいつもお話をするばかり…。 「わたくしは…親に借金のカタで此処へ売られ、その時から親の顔は見ておりませぬ…」 アタシも何故か、気兼ねなく旦那様へ話をしていた。 ですがアタシも女郎…。とある晩、旦那様のお手を取り、アタシの胸に置いて訪ねてみた。 「此方は宜しいの…?」 「私はお前の声が聞きたいのだよ。だから躰はよい…」 緩やかに包んでいた旦那様のお手がスルリと抜け、酒をあおった。 「まぁ…。旦那様は変わってらっしゃるのですね…」 言うと旦那様は顔を少しだけ綻ばせ、仰った。 「よく言われる」 「まぁ…」 二人で顔を見合わせ、笑った。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加