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「教授総回診の時間です」
白衣を纏って立つ男の眼光は鋭い。彼は大学病院の教授の座を狙う准教授。誰にも心を許せない孤独なエリートだ。
「どうしてチャンネルを変えるの」
ママの声は寂しげだが、僕は振り返らない。
「つまんないから」
「パパのドラマよ」
「ドラえもんの方がいい」
画面ではのび太がまた0点を取ったと両親に叱られていた。
のび太だってパパはちゃんと家にいるのに。
「誕生日は一緒にお祝いしてくれるって約束したのに」
夜遅く帰宅したパパに僕は言わずにいられなかった。
「パパは忙しいって言ってるでしょ」
ママを無視して僕は食い下がる。
「何が忙しいんだよ。本当はお医者さんでもない癖に」
陰になったパパの顔は表情が分からない。
「パパの仕事なんて嘘っぱちだ!」
平手打ちしたのはママだった。
「一朗!」
パパの呼ぶ声が聞こえたが、僕は部屋に駆け込み鍵を閉める。
泣きながらそのまま寝入った僕は、明け方近くに銃声で目を覚ました。
“人気俳優松田吾朗、猟銃自殺”
その日、号外で出た新聞には、白衣を着たパパがこちらを睨む写真が一面に大きく載っていた。
数日後、僕が目にした本物のパパは、白い着物を着て、目を閉じて棺の中に横たわっていた。
「パパ」
瞼がカッと熱くなって膝から力が抜けた。
「生き返って」
今までテレビの中で何度死んでも、パパはちゃんと生きて家に帰ってきた。
「お願いだから……!」
皆が僕を棺から引き離して、パパを真っ白な灰にしてしまった。
******
「教授総回診の時間です」
白衣の背筋を伸ばし、正面を見据える。
誰にも心を許せない、孤独なエリート医師の表情だ。
「OK」
近頃は、この声を聞いても、肩の力が抜けなくなった。
「亡きお父様の代表作を演じるのは、どんなお気持ちですか?」
まだ女子大生にしか見えない記者の口から出ると、「オトーサマ」という名の俳優がどこかにいたみたいに思える。
「どうって……」
控室の僕は、苦笑して記者の肩越しに鏡に見入る。
――僕もパパと同じで、台本の台詞以外では、まるで口下手なんだよ。
鏡の中から、白衣の男が寂しく笑い返した。
(了)
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