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がたん。
母道子は、椅子から立ち上がり。
ふらふらとした足取りで、ダイニングキッチンから去って行く。
「カーチャン。どこ行くの?」
「・・・もう、寝るわ。」
何だか、声の虚ろ加減がヤバげ。
「そうよ。寝ればいいんだわ。だって、これは夢なんだもの。夢に決まってるわ。夢じゃなきゃ、承知しないから。」
「ええと・・・ねぇ?カーチャン?」
「夢から覚めるには、夢の中で寝ればいいのよね。多分、そうだわ。きっとそうよ。目覚めたら、白馬に乗った公一さんが、私をお姫様だっこでお城に・・・」
「カーチャン。色々と目ぇ覚まして。マジで。」
空色モグラとか小人のナンチョムがオランダ四千年の秘術で煎れたアッサムティーとか、意味不明っつーか意味考えんのもおっかない事をぶつぶつと呟きながら、母道子はいつものギシアン演奏室へと向かう。
大丈夫かと問い掛けるのを、俺は止めた。
返って来る答えが一番怖い。
「どうしたんだ?母さんは。何処か悪いのかな?」
と、”悪い何処か”が首を傾げている。
「トーチャン。何?魔法使いって。」
「魔術を使役する人間の事だよ。」
「いや、そう言う事じゃ無くてさ。」
むしろ”そういう事”だと思って真面目に応える脳のメカニズムの解明には時間が必要だ。
「確かにこの歳での転職は、少し悩まないでも無かったけどね。」
転職。
転職と来たか。
しかも、悩んだのは少し、か。
「遣り甲斐はあると思うんだ。」
その”甲斐”は、あなたの妻の突発性統合障害と言う形で既に出ていますよ、公一さん。
「やりたい仕事で、自分に正直に働く。そうでなければ嘘りの人生だ。」
「うん。トーチャン。俺、とりあえずカレンダー出版する会社に就職したい。そんで、一年365日、全部4月1日に作り替える。」
「夢や目標があるのはいい事だが、それだと父さんの大好きなお彼岸のお萩が食べられないなあ。応援は出来ないぞ。」
「しなくていいよ。言って見ただけだから。」
盆と正月が一緒に来たのであろう思考回路には、皮肉も通じない。
いや、通じていて、わざとあんな返しをかまして来ているのかも知れない。
だとすれば、余計に質が悪い。
「よぉし!明日から、父さんの新しい人生の始まりだ!」
人生終わってる父公一は、異常に張り切っていた。
とりあえず、俺も寝よ。
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