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明治17年の日本。
FS県にある人口三千八百人の村『水津澤村(みつさわむら)』。
奇っ怪なる畜生、『奇生(きしょう)』と略される一匹の複節足型怪物が、村じゅうを暴れだして村人を悉く斬り刻んだ。
無惨な死骸が飛び散り、死肉から滴る血の海が、村じゅうに広がった。
蛯谷(えびたに)家は、面積のだだっ広い田畑を所有する百姓の家柄だ。
そんな当家敷居にまで、奇生の襲撃の手は延びてきた。
奇生と全うする青年、陽(ヨウ)。蛯谷家の用心棒。特に、蛯谷薫(かおる)の専属番人として、奇生を退治しようと戦うのであった。
所詮は怪物と生身の人間だ。敵うわけがないと思うのが人間であり、退いてしまうもの。
薫を襲おうと、怪物がその細長い一見触手を思わす節足が延びてきた。
「しまった!! 薫お嬢さん、伏せてください!!」
「!? あっ……あ、陽様いけないっ……怪物が、陽様を!!」
避難しようと蔵の中へ逃げ遅れた18~9歳の薫の身代わりに陽の胴は、細長い触手の刃によって、あわや無惨にも二分に切断されてしまった。
上半身と、下半身が割れた光景を目の当たりにした薫は気を失った。
「俺は……薫お嬢さん……守れなかった……の、か……」
陽の上半身はしぶとくも、未だに死に絶えていなかった。
「生きてやる!! た……と、え、はぁはぁはぁはぁ……ウエだけ残っても、生き……て……はぁ、や……る」
怪物の節足部に取り付いた陽の上半身。
青年は、血だらけの胴体から噴いた血糊を手に付着させた。
その赤く染めた指先で、怪物の節足に『生きたい』の文字を刻んだ。
上半身だけでも、息絶えない生命力は、メッセージを残す能力だけはあったのだ。
すると怪物は、暴れるのを止めて、次第に……徐々に、人間の下半身へと姿を変幻させていった。
下半身の胴の付け根が、陽の上半身の付け根と上手く融合しだすと、陽の命は無事に回復しだした。
その日から数時間が過ぎた。日付変更後の明け方。
目覚めた青年の傍らで、薫が介抱していたのが一目見て判った。
おそらくは夜通し見舞ってくれたのだろう。
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