演劇

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「『……放しなさい』」 そっと、肩越しに背後のリクの顔を見据えながら、俺は絞り出すような声で命令した。 「『観念してください。アデレード様』」 「『そうですよ。もう諦めて下さい』」 にやにやと笑いながら小悪党じみた台詞を吐いたリクとフウの表情を交互に窺ってから、 「『いいえ、諦めません。……きっと、グリフレットが助けに来てくれます』」 俺はいよいよ、ここで物語における一つの必勝法を行使した。 ……これは、今の俺が主人公のお姫様役だから使える、ある種の特権。 俗に、『フラグ』とか『主人公補正』とか呼ばれる、いわゆるご都合主義的な展開へとストーリーの進路を捻(ね)じ曲げるための布石だ。 実のところ、結構な荒業なのだが……。 ……それでも一度口に出してしまえば、もうこちらのものだ。 「『騎士団長殿が助けに? ふっ。そんなわけがないでしょう』」 「『寝言は寝てから言ってください。アデレード様』」 アドリブのストーリーを仕掛けて来た側のフウとリクには、当然、俺が立てた『救出フラグ』を無視するような真似は出来ない。 「『寝言ではありません』」 キッと、悪役の二人を鋭く睨みつけながら、自分の考えを強く主張する。 次いで、少し俯きがちに、ヒロインの窮地(きゅうち)を救ってくれるヒーローの名前を口にする。 「『グリフレット……』」 きつく目を瞑(つむ)って、祈るように。 切実な気持ちを込めて助けを乞いながら……。 ちらっ。 俺は、今まで蚊帳(かや)の外だったエルの方を一瞥した。
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