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なし崩し的に微妙な笑みを浮かべていると、
「……ありがとう、アリシアちゃん」
両の目尻にたまった涙を拭いながら、まだ少し震えている声でエルが礼を告げたので、俺は小さくかぶりを振った。
次いで、僅かに残留している辛気臭い雰囲気を払拭するため、あえて明るく、
「ねぇ、エルちゃん。そろそろ演劇の練習始めよ?」
壁に取り付けられていた時計を一瞥しつつ、エルを促した。
束の間の休憩は、もう終わりだ。
そろそろ、目的である稽古の方を始めなければならない。
「……うん!」
笑いかけた俺に、エルはどこか控えめな、けれども力強い返事をくれた。
「それじゃあ、今日中に基礎的なところは全部仕上げちゃわないとね。ちょっとした演技とか、独白のシーンとか……」
差し当たって突破しなくてはならない問題をいくつか、苦笑と共に指折り数える俺の事を、
「うん。でも、アリシアちゃん上手だから、あとちょっと頑張ればきっと大丈夫だよ!」
尻尾と、それから頭の羽をパタパタさせながら、エルはすっかり元気を取り戻した様子で励(はげ)ましてくれる。
最後にもう一度俺と彼女は互いに笑い合ってから、また、数日後に控えている演劇に向けての練習を再開したのだった。
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