演劇

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思わず心の声が漏れたのと同時に、俺の体はびくりと強張った。 (なんで……) ガラス戸の向こう側に感じた、怪しい気配。 気のせいでなければ、おそらくまた“あの変態”が暗躍でもしているのだろうと密かに予想していた俺だったが、しかし、 (なんで、あいつ……) けれど、再びカーテンを開けた俺が目にしたのは……。 “慌ててベランダの手すりの向こう側に引っ込んでいく、見覚えのあるハンチング帽”だった。 「…………」 ……そういえば、しばらく前から“彼”の姿を見ていなかったが…………。 (いったい、そんなところで何を……) 「あ、アリシアちゃん……?」 困惑気味のエルの呼びかけを背中に聞きながら、 「……ちょ、ちょっとごめんね」 俺は勇気を出してガラス戸を開けると、足早に手すりへと歩み寄った。 涼しげな夜気に包まれ、冴え冴えとした月明かりに照らされながら、意を決して欄干(らんかん)の下を覗き込む。 だが……。 (……いない?) 今さっき俺の目の前で姿を隠したばかりの“彼”……。 世界都市『イザナギ』から転入してきた“ワケあり”の男子生徒、サイカの姿は影も形も見当たらなかった。 (……やっぱり見間違い? いや、そんなはず…………) 狐につままれたような心持ちで、しばしベランダに佇んでいた俺は……。 ――ポタリ。
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