演劇

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不意に、薄暗い視界の隅に……。 上から落下して来て、少し離れた手すりの上で跳ねた水滴を捉えて、あれ? と思いながら空を仰いだ。 (雨? でも、今は晴れてるのに……。あ、そういえば、『イザナギ』では空が晴れてるのに降る雨の事を狐の嫁入り――) 能天気な事を考えながら視線を上向けた俺は、しかし……。 次の瞬間に、“上階の部屋の手すりに貼りついて”自分を見下ろすサイカの姿を目撃して、 「っ…………!」 間髪入れず、声にならない悲鳴が漏れた。 俺と目が合った彼は、途端に狼狽えたように首を振って、釈明じみた身振り手振りを行うのだが……。 『お前はいったい夜中に女子寮の壁に貼り付いて何をやっているの!?』と、視線で問い掛ける俺に対して、一方の彼はひたすら目を泳がせるだけ。 ぶんぶんと彼がかぶりを振ると、その度に、ポタッ、ポタッ、と、頬や額に滲んだ大粒の脂汗が飛んで、少し離れた手すりの上に落下する。 ……さっき落ちて来た雨の正体だ。 (うっ……) 知りたくなかった一つの真実を悟って、俺は反射的に手すりから飛び退いた。 すると、俺が逃げ出そうとしたと勘違いしたのだろうか? 『ま、待ってくれ!』と、視線で訴えかけながら、まるで妖怪じみた動きで自分の方に近づいて来る彼の姿に、俺の足は、体は竦(すく)んでしまう。 (ちょっ!? こっちくんな!)
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