演劇

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淀みのない口調で答えた彼女は、優しげに、にこりと……。 そして、どこか儚げに微笑んだ。 「だって、良い事も悪い事も……。生きていく上で、自分の力ではどうにもならない事なんて、沢山あるから……」 「で、でも……」 咄嗟に俺は否定の言葉を口にしかけたものの、しかし、それ以上の台詞を紡ぎ出す事は出来ずに、そのまま歯切れ悪く口籠ってしまう。 ……もしも。 もしもエルの言う通り、運命が存在するものなのだとしたら…………。 それでは、俺が小さな頃に教会の仲間や父さんを失ったり、変態の策略によって女体化させられたり、色々と尋常ではないけったいな目に遭ったりした事は、全部最初から運命で決まっていた筋書きだという事になる。 ……ふざけるな。 そんなくそったれなシナリオが罷(まか)り通って堪るか。 「…………」 口を閉ざし、ズズズ……と、行儀悪く音を立ててホットミルクを飲み干した俺は、ちらり。 密かにエルの頭に生えている“羽”と、寝巻き用のパンツから覗く“尻尾”に視線を向けた。 ……きっと、彼女には俺の知らない悩みや苦労が沢山あるのだろう。 半妖ではない普通の人と比べて、ぶつかる壁だって当然多いはずだ。 だから、今の彼女は“ちょっと疲れて”しまっていて、こんなふうに“少し卑屈”になっているのかもしれない。
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