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園内地図の前に仁王立ちし、翠は腕を組む。
「・・・・選択肢が減ったな」
「あとは・・・メリーゴーランドと観覧車ぐらいスか?」
男二人で参加するには難易度の高いマシンだ。翠がどんな返事をよこすか、戦々恐々で大一が待っていると、翠はフと優しく笑った。
「メリーゴーランドか。懐かしいな・・・・・・・空と同じ幼稚園に通っていた頃に、一度だけ乗ったきりだな・・・・・」
彼の視線の先は、ペンキのはがれかけた年代物の園内地図ではない。妹と過ごした過去だ。今は一緒にいるとは言え、離れて暮らした年数が長く、別れる前の記憶が未だ胸を締め付けるのだろう。
「空はあの時喘息が酷くて、遊園地で他の子供みたいに遊べなくて・・・俺が横にずっとついててやって、せめてメリーゴーランドだけでもと思って、こっそり乗せてやったんだ」
大一に話しているのではないだろう。ただ、自然と口をついて出たのだ。あの時は家庭不和で家じゅうがピリピリして、空の喘息は酷くばかりで、幼い翠は病気がちの空を看病しながら、ひたすら両親が仲直りするのを願っていたのだ。彼の願いは虚しく、父と母は別離を選び、空と翠は離れ離れになってしまった。
そんな過去をわざわざ大一に話すつもりはない。それでも、話の端々で出てくる声色や思い出のひとかけらを繋いでいけば、翠の苦労と空への愛情は絵に描いたように見えてくる。
「・・・・・空ちゃんはお兄さんがいて、幸せ者ッスね」
心からの言葉を贈れば、翠は大一の頭を張り倒した。
「そんな当たり前の事をわざわざ口にするな!!!!!!」
「でっ!」
かっかと怒っている翠の顔は赤い。けれども、大一にはそれは単なる照れ隠しだと分かった。ニヤリと笑って、翠の手をまた引っ張る。
「なんだ!?」
「せっかくだからメリーゴーランドも乗りましょう」
いくら常識から少し外れた翠でも、大一とメリーゴーランドに乗るのはおかしいぐらいの認識はある。
「馬鹿な事を抜かすな。なんで貴様と二人で・・・」
「今日は俺、空ちゃんと来てるつもりスよ。そんな話されたら・・・・じゃあ一緒に乗ろうって流れになるのは当然っしょ」
まくし立てられ、翠は反論の機会を失う。
「きっとお兄さん以上に空ちゃんの方がよく覚えてると思いますよ。だから、空ちゃんと来たら絶対にメリーゴーランドだけは外せないと思います。空ちゃんはお兄さんが大好きだから!」
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