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そううっとりと語る翠に、世の女性のランチ事情を話す気にはなれなかった。デートでわざわざ弁当を作ってくるいじらしい女子はいまや死滅に近い。
二人は家族連れがたむろしている芝生を避け、園内に作られた模造の森の中に入る。小さな池があって、そこで泳いでいるカモは本物だった。傍らのベンチに座り、弁当を広げる。
この兄貴の事だから、毒入りではあるまいかと大一が恐る恐る弁当を開けてみると、中身は花柄に飾られたおかずと、カラフルなおにぎりが入っていた。 ウインナーや野菜が花弁の形をしており、その真ん中にはミートボールや卵が入って、種の代わりをしている。このお弁当には大一は見覚えがあった。
「これ・・・・」
花弁の形に切り取られたウインナーをつまみ、大一は不思議そうに翠を見る。
「それは花弁ウインナーだ。吉川家の定番メニューだ」
「・・この弁当って空ちゃんが作ってくれたんスか」
「贅沢抜かすな」
空が作ったのでないのなら誰が?
その問いが顔に出ていたのか、ウインナーを凝視する大一に気づき、翠は偉そうに言った。
「俺が作ったんだ。こう見えても、家事全般は得意だぞ。父子家庭の間に腕は磨いた。貴様も空と付きあって、曲がり間違って結婚となったら、ちゃんと家事を折半できるようにしておけよ」
握り飯を掴み、ぱくりと翠が頬張る。ハムスターみたいに頬いっぱいに食べている翠を横目で見つつ、自分もウインナーを口に放り込んだ。少し甘いケチャップとあいまって、うまい。
以前にも、大一はこの弁当を食べた記憶がある。その時と寸分違わぬ味だった。
「美味い」
「当然だ」
翠はふんぞり返って腕を組む。がつがつ大一は弁当を平らげていく。
「ホンット、マジで美味いス」
「褒めても空はやらんぞ」
「そんなら、お兄さんが欲しいスよ」
「?!」
思わず口から出た言葉に自分自身で大一は驚いたが、言われた翠はそれ以上だった。一瞬、冗談かと思ったが大一の様子から、本心が出たと分かるや、翠は弁当箱の蓋で大一の頬をひっぱたいた。
「俺を貴様の飯炊きにする気か!」
「ちっ・・がいますよ!お兄さんみたいな口やかましい家政婦はいりまっせん。俺ん家には家政婦はもういますし・・・その家政婦の作る飯がまずくってまずくって・・・だからこの弁当に感動したんスよ」
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