第1章

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だからと言って引く訳にはいかない。 彼は小さな世界からの脱出の鍵を握っているのかも知れないのだから。 「単刀直入に言いますと私達は箱庭から出たい」 「はぁ?」 そうですか、お好きにどうぞと副音声が聞こえてきそうな返事に心がささくれる。 ウツロイさんはわかっていてやっているのか、苛立ちを助長する様に香りのついだけの湯に口をつけた。 こんなものを飲む位ならば彼の手に持つペットボトルの紅茶の方が随分とマシだと思うが、当人は気にした様子もない。 まるで本当にアールグレイに舌づつみをうっている風に見える辺りが、徹底している。 正道は思う。 ウツロイさんには真実がない。 その一挙一動、言葉も心もすべてが嘘にまみれている様な不思議な錯覚を感じさせるのだ。 この虚実の塊が外への鍵を握っているのだとしたら随分と憂鬱な話である。 「ウツロイさんは外に出たいと思いませんか?」 「いや、全然」 「なぜ?」 「逆に聞くけれど君達は何で外に出たいと思うのかな?ここには生活に必要なものは何でもある、わざわざ何があるかわからない外に出る必要がどこにあるのか僕にはわからない」 箱庭には意外な事に不自由しない程度の店があり、娯楽も食料もある。 例えば先程のアールグレイなどは娯楽品なので自分で稼いで買う必要はあるけれど、最低限生活に必要なものは支給される。 ここは住むだけならば楽園だ。 生温い湯の中で溺れて死ぬのをよしとするのならばだが。 それを受け入れる人間はいる、目の前の胡散臭い男の様に。 嘘吐きウツロイさんが本気で言っているとは思えないが。 正道としては生温い湯で溺死など冗談ではないが、彼女の考えに賛同する人間は少ない。 人は基本的に怠惰な生き物だから。 そして、それだけじゃないから脱出を願う人間は大勢いるのだ。
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