第1章

2/5
前へ
/5ページ
次へ
健吾には不思議でならないことがあった。 その不思議とは当たり前の日常の中に潜んでいる不思議であり、例えば、表面張力でコロコロと転がる水滴の不思議だったり、cold sleep(コールドスリープ)によって生じる相対時間の不思議だったり、原理原則の絶体性への不思議である。 水はなぜ摂氏100度で沸騰するのか、絶対零度はなぜ-273.15℃なのか。一体誰がそんなことを決めたのか。 子供の健吾が自分の抱える不思議を、言葉にして表現するには圧倒的に語彙が足りなかった。必死に手を伸ばし掴もうとする不思議の正体はふわふわとシャボン玉のように逃げ出してしまうのだ。 ピカピカのリノリウム床に蛍光灯の白い光りが映り込んでいる。天井に等間隔で配置されている蛍光灯の光りが床に反射し綺麗に映り込んでいる。上下対象の幾何学模様。 左右は真っ白な壁。人通りはない。まるで、医者が次々と手術に失敗し患者が逃げ出した大きな病院のようだ。左右の壁には等間隔に無機質な取っ手のない扉が並び、こちらも左右対象となっている。 後ろを振り返り目を転ずると、やはり同じ景色が続いている。ここは廊下と呼ばれるセクションだ。廊下はどこまでも長く伸び視界の真ん中の奥で点となって消えている。 あの点の先には何があるのだろう? 健吾の不思議でならないことと言うのは、無理矢理言葉にするとこうなる。 自分はなぜ自分なんだろう?ということだ。 自分はなぜここにこうしているのか? 自分という存在がこのような顔形をしていて、この世に存在していることの不思議。当たり前のことなのかもしれないが、その必然性が分からない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加