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入口横の通路を進むと手前の壁側に男女兼用のトイレの扉があり、奥にスタッフルームのドアがあるが、そこからたった今ショーを終えたばかりの百合さんが出てきた。
「あら、イコちゃん。アタシたちのショー楽しんでくれた?」
百合さんが額の汗を白いタオルで拭うと、ファンデーションが少々タオルに移っていた。彼女(彼?)もどうやらトイレに入りたいらしい。
「とても素敵なステージでした」
イコが笑顔を作り、先にドアをくぐり、百合さんも後に続く。
綺麗なゴシック調の洗面が目の前に現れ、左手にトイレの個室が二つある。
お先に、と頭を下げて、イコが左側の個室に入った。
横に百合さんも入る音がする。
「ねえ、イコちゃん。何かあったの?」
薄い壁の向こう側から飛んできた声に、イコはトイレットペーパーを回し取っていた手を止めた。
少し後に落ち着いた声で「いいえ」と返事をする。
水を流し、手を洗っていると、隣に立った百合さんも目の前にある蛇口をひねって水を出した。
「本当?」
イコはペーパータオルでふいていた手を止める。百合さんはそれを見逃さない。
「貴方は本当に不器用なコね」
タオルで手をふき、百合さんは小さく縮こまったイコを見た。
流し台にぽつんと雫をこぼしている。
薔薇の模様が入ったハンカチを衣装のポケットから取り出すと、あげるわ、とイコの震える手に握らせた。
「あなたは初めてここに来たときも泣いていたわね。けれどもその頃は輝いていて、晴れ晴れしていて。今のような涙を流してはいなかった」
忍び泣くイコの頭をぽんぽんと撫でる。
ハンカチを顔に押し当て、イコはずっと俯いていた。
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