女優

2/14
前へ
/14ページ
次へ
冷たいフローリングが広がるレッスン室で、イコは鏡壁の向こう側に居る自分を眺めていた。 嫌にやせ細っていて、もうずっと疲れた顔をしている。 日に日に濃くなっていくクマを、あかぎれだらけの指でなぞった。 ――まるで薬物依存者のよう。 あまり機能していない頭でそんなことを思った。 しかし、思い返せばこの劇団で、努力だけで成功した者は誰ひとりとしていなかった。 ほとんどがコネ、あるいは…。 突然、乱暴にドアが開かれた。イコは鏡に映るサキコに視線を移す。 彼女はどうやら機嫌が悪いらしい。 どうしたの、とイコが口にする前に、サキコは持っていたマフラーを床に叩きつけた。 ひどく癇癪を起している。目元に浮かぶ、涙。 「あのエロジジイ!」 そう、この劇団でコネ以外の出世といえば、劇長に体を売ることで有名だ。 今や映画の主演を務める名高い女優も、この劇団の名前を出すだけでキズモノ扱いとなってしまう。 お陰で演じる役はそれ相応のものばかり。 入口付近のパイプ椅子に荒々しく腰を下ろした。 マフラーから解放された首に、ぽつんぽつんと赤い斑点が…。 「もうやめなって」 リコは鏡の自分を見つめながらサキコを諭す。 彼女はつるつるした床の一点をずっと睨み据えていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加