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冷たいフローリングが広がるレッスン室で、イコは鏡壁の向こう側に居る自分を眺めていた。
嫌にやせ細っていて、もうずっと疲れた顔をしている。
日に日に濃くなっていくクマを、あかぎれだらけの指でなぞった。
――まるで薬物依存者のよう。
あまり機能していない頭でそんなことを思った。
しかし、思い返せばこの劇団で、努力だけで成功した者は誰ひとりとしていなかった。
ほとんどがコネ、あるいは…。
突然、乱暴にドアが開かれた。イコは鏡に映るサキコに視線を移す。
彼女はどうやら機嫌が悪いらしい。
どうしたの、とイコが口にする前に、サキコは持っていたマフラーを床に叩きつけた。
ひどく癇癪を起している。目元に浮かぶ、涙。
「あのエロジジイ!」
そう、この劇団でコネ以外の出世といえば、劇長に体を売ることで有名だ。
今や映画の主演を務める名高い女優も、この劇団の名前を出すだけでキズモノ扱いとなってしまう。
お陰で演じる役はそれ相応のものばかり。
入口付近のパイプ椅子に荒々しく腰を下ろした。
マフラーから解放された首に、ぽつんぽつんと赤い斑点が…。
「もうやめなって」
リコは鏡の自分を見つめながらサキコを諭す。
彼女はつるつるした床の一点をずっと睨み据えていた。
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