女優

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「やめなって」 それはまるで自分に言い聞かせるようだった。 サキコにポケットから出したハンカチを投げた。 音もなく落ちたそれに視線を注ぎ、 やはりサキコは糸が切れたようにわんわん泣きだした。 落ちたハンカチを拾い、彼女の顔に押し付ける。 これが舞台ならば、迫真の演技といえよう。 「私には才能がないから、こうするしか生き延びることが出来ないのよ。この業界じゃ…」 やっとのことでそう言うと、こらえきれずしゃっくりをする。 サキコの頭をイコはくしゃくしゃっと撫でた。 彼女はイコにとって、東京に出てきてから唯一の家族に近い存在だった。 時には切磋琢磨しながら、励まし合いながら、お互いの演技力を磨いた。 そう、あの時までは。 昨年の春、期待の新人として、奥江ヒカリが彗星のごとく現れると、 それまで二大巨塔だったイコとサキコは主役の座をはずされ、彼女が全て奪っていった。 その年の新人賞も総なめにし、いよいよ一躍時の人となる。 イコとサキコは、光を一瞬にして失ってしまったのだ。 それからだった。 サキコが夜な夜なイコの個人練習の部屋に訪れては、泣き崩れる日々が始まったのは。 業界には噂が煙のように立ち込めた。 サキコ以外にも席に必死にしがみつこうとする者は数を知れない。
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