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落ち着いたところで、サキコは化粧の崩れた顔でイコからコーヒーを受け取った。
二人は並んでソファーに座り、しばらく無言でテレビを見た。
広い部屋に相応しい大きなモニターは、早朝の通販番組を映している。
本日は最新のミキサーと、掃除機を紹介している模様。
イコは、とサキコが口を開く。コーヒーの薫りを纏わせている。
その薫りの良さに、イコは新しいコーヒーメーカーの購入を決めて良かったと思った。
「おばあ様のコネを使えばよかったんじゃないの?何もわざわざあんなジジイの劇団を選ぶ必要なんて」
「その話はもう五度目よ」
イコは淡々としていた。
サキコは握るコーヒーカップに映る曇った表情の自分を見た。
頬にマスカラが張り付いているように見える。
イコの祖母は確かに大女優であったが、イコの所属する劇団の代表取締役であり、劇長であり、映画監督の繁谷邦夫(しげたにくにお)とは犬猿の仲で有名だ。
しかし、イコはこの業界に入ると決めたとき、自身の力でのし上がることを決めていたので、わざわざ厳しい環境に身を置いたのだった。
劇団に入ろうと決めて易々と入れるものでもない。
やはりイコは、大女優の祖母と女優の母の血を引く、立派な才能人ではあるのだ。
彼女自身、奥江ヒカリに輝きを奪われたその時も、自分はもう一度輝けるという根拠のない暗示をかけて、今日まで生きてきた。
「寝よう、サキコ。肌を悪くするとマネージャーに叱られる」
話しを振り切るように、イコは立ち上がり、テレビを消した。
サキコは黙って頷き、洗面所へと向かう。
明かりを消したリビングで、イコはサキコ同様、冴えない面持ちでしばらく立ち尽くすと、寝室へと向かった。
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