0人が本棚に入れています
本棚に追加
繁谷は演技に関しては厳格で有名だ。
気に食わない演技をすれば、すぐに声を荒げようとする。
今日も散々罵倒され、イコは額に汗を滲ませていた。
「何度言ったら分かるんだ坂田!」
「…すみません」
「すみませんじゃないだろう!ここは“怪しく笑う”だ。お前のその笑顔はなんだ。能面と変わりないぞ!」
イコは他の役者の前で初歩的な辱めを受け、ひたすら俯いていた。
遠くで台本を片手に悠々とベンチに座っていた奥江ヒカリは笑みを浮かべていた。
彼女のマネージャーである大津がどうかしたのか尋ねると、
「いいえ。ただ、イコさんでも繁谷さんに駄目だしを食らうのだと思うと、ねえ」
含み笑いを隠そうともしない。
後ろで見ていたサキコは自分のことのように腹が立った。
だが、言い返すことは出来なかった。
奥江ヒカリは指摘を受けるどころか、演技を褒められてばかりいる。
悔しいが、誰の目から見ても、キラリと光るものがある。
繁谷も彼女のことを大層気に入っていることだろう。
「お前には泣く演技はないんだ!上手く笑って見せろ!」
休憩に入る直前まで、劇長の罵声は続いた。
最初のコメントを投稿しよう!