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イコより先に答えたのはサキコであった。
「このところ、劇長、おかしいとは思いません?イコを本格的にいじめているというか」
そう、誰の目から見ても、イコばかりが注意を受けている。
端役のサキコでさえも何も言われないのだ。端役だからなのかもしれないが。
「自分と寝たら…悪いようにはしないとかそんな感じなのだろうか」
イコは声を潜め、周囲を一度確認してからそんなことを呟いた。
二人は黙って頷く。
所属する事務所と反りが合わず、反発した結果、業界から存在をもみ消された者も少なくない。
この劇団の場合、奥江ヒカリのような成功者でない限り、劇長と一夜を共にしない場合は、いずれ居場所を失うということなのだろう。
とにかくイコと親しい者は、誰もが彼女を心配していた。
女優の腕の見せ所である泣くシーンは与えられず、ひたすら汚らしく笑っていろ、と繁谷は言う。
「でも私にはそんなこと出来ない。私の祖母と母の名前に傷がついてしまう。あの男の慰みものになるくらいなら、やめた方がマシだよ」
笹川は過剰なほどに頷くと、身を乗り出してイコの両手を握った。
「イコさん、どこまでもついて行きますぅ~」
笹川は酒という酒に関して甚だ弱く、早くも顔を赤らめ、視線は泳いでいた。
困ったようにイコがサキコを見ると、彼女も同じようにしている。
それで二人は顔を見合わせ笑ったのだった。
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