第1章

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「ねぇ、理世ー。 このグロス、発色良くない?」 昨日買ったばかりのグロスを唇の中央にのせ、理世の方を向く。 理世は私の唇をまじまじと見つめると、口許を綻ばせた。 「ホントだー! 超赤いし、ぷるんぷるん! 穂乃、あたしにも塗ってー」 そう言って目を閉じる、理世。 ほんのりつきだした唇にブラシの先を当てる。 ふわ、ふわ、手先の感覚が怪しくなる。 時が止まったみたいに周りの音が聞こえなくなって。 蝶が蜜の甘い香りに吸い寄せられるように、 「……穂乃、まだ?」 唇に触れる寸前、ぱちりと理世が目を開けた。 「っ、塗れたよ!」 バッと体を離し、グロスのキャップを締めてハンドミラーを開いて理世に向けた。 またひとつ、シェア……出来た。 つまらない、些細なことが私を満たす。
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