第1章

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その間にあたしは私服に着替えるつもりだ。そして玄関へ向かう。 少しだけ緊張してきた。いや、かなりだ。 ばれたら、恐らく、拘束される。 心臓がどくんと脈を打ち出した。 あたしはひたすら頭の中で、冷静に、冷静に、と、そればかり繰り返した。普通のフリをして、お茶を飲みながら。 雅也がTシャツを持って戻って来た。 「着替えたら、洗うやつは遠慮なく持って来るんだよ。恥ずかしかったら洗濯機にいれて。下着とか気になるなら俺触らないよ」 あたしの膝の上にシャツを置くと雅也は笑う。 「もう何百回も洗ってるけどね。でももし嫌なら」 「・・・・・・。平気・・・お願いする・・・」 あたしはわざと甘えた。 高鳴る動悸がばれないよう、できるだけ話す言葉を単調にした。 「・・・・・・雅也・・・」 向かい側に座った雅也があたしを見つめる。 「んー?」 「・・・・・・」 「・・・どうした?具合悪い?」 まずい。何故か呼んでしまった。あたしは何を言おうとしたんだろう。変に思われたくない。 熱のせいで表情はぼーっとしているだろうけど、心の中は大パニックだった。 冷静にの言葉が早口で連呼される。 「横になりたいならなっていいんだよ?そこでなってもかまわないよ何か、タオルケットでも持ってくるし」 「・・・・・・好きよ・・・雅也・・・」 「・・・・・・」 あたしの突然の言葉に、雅也は無表情で黙った。あたしをじっと見ている。 あたしの頭の中は真っ白だった。こんな言葉言ったほうが怪しまれる。 やばい、なのに勝手に言葉が出る。 「・・・あなたがあたしにした酷い事は・・・・・・全部全部許してあげる」 俊太のことは別だけど。 いやその前に。何を言っているのあたしは。今こんな事を言ったらまずい。 普通にしてなきゃだめなのに・・・!なんでこんな事言っちゃったんだろう・・・。 ・・・もう会えなくなるから?別れの言葉を言わずにはいられなかった? いつまでもあたしは馬鹿だ。 雅也は黙っていたけど、やがて普段どおりの静かな笑顔をあたしに向けてきた。 「毬奈・・・」 何か気付かれただろうか。 雅也は勘がいい。絶対に気付くはずだ。 雅也はゆっくり立ち上がりあたしに近づいて来る。
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