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「寒くないか?」
「うん、大丈夫。 ちゃんとパーカー持ってきたから」
「そうか」
「唯織は、いつもここにいるの?」
「いや、普段はこんなところまで来ない。 昔は俺もお前みたいな泣き虫だった。 でも、みんなには見られたくなかったから、ここまで来て一人で泣いてたんだ」
「唯織も泣くの?」
「俺の親も、俺のせいで死んだんだ。 ただ俺はお前と違って、何も覚えていない。 ただ、俺を守るために死んだんだと聞かされた。 だから、強くなれって。 でも、そんなにすぐ強くなんかなれない。 泣かなくて済むようになるまで、時間がかかったよ」
「そうなんだ……」
「人間たちの間では、人が死んだら星になるっていう話があるんだろう?」
「うん」
「でも、お前たちが住んでるところからだと星はあまり見えないだろう」
「うん」
「どうしても、どうしてもまた親が恋しくてどうにもならなくなったら、ここのことを思い出せばいい。 お前の住む場所からは見えなくても、本当はちゃんと星はあるんだ。 お前の両親も一緒だ。 たとえ姿は見えなくても、きっとで見守ってくれてる」
「そうかな」
「お前みたいな泣き虫、放っておけるわけないだろう。 どこからか見てるさ」
「そっか」
「そうだ」
目の前に広がる大きな満月は、紅葉で彩られた天狗山を優しく照らし出す。
風が木々を揺らし、さわさわという心地よい音が唯織の心を洗い流す。
一人前の天狗になるために修行を重ねなければならなかった日々がよみがえる。
どんなに辛くても、自分を守ってくれた両親のためにと懸命に頑張って来た。
今では立派な大天狗だ。
この景色を見ながら、寂しさと一人で戦ってきた。
美咲も今は、なれない環境の中一人で立ち向かおうとしている。
自分は天狗で、彼女は人間。
明確なボーダーはあるが、親を亡くしたという共通の寂しさは皆同じ。
この先、彼女が経験するであろう寂しさが想像できるからこそ、放ってはおけなかった。
自分がこの場所で寂しさを埋めてきたように、美咲にも逃げる場所を見つけてほしい。
そして、決して一人ではないということを伝えたかったのだが、そういう風に言えるほど唯織はきざではない。
唯織の思いが届いているかは分からないが、美咲が笑顔で月を眺めているのを見て、良しとした。
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