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少女は自らも麦茶に口をつけた。ごくりと喉を鳴らし飲み込むと、また満足げな笑みを浮かべるのである。
「んー、やっぱりおいしいなー。麦茶飲むと涼しくなるよね。だから好きだよ、わたし」
「そうだな。確かに、涼しくなったように感じる」
「でしょう? あ、ところでお兄ちゃん、なんであんなところに倒れていたの?」
話題が突如我輩へと方向転換して向かってきた。首を傾げながら尋ねられたとて、我輩にも覚えがないのだ。何と答えたらよいものか。
「びっくりしたよ。わたしの家の玄関の前で知らない男の人が倒れているんだもん。ねえ、お兄ちゃんはなんで倒れていたの?」
「それは、我輩にもわからぬ。ここで目が覚めた以前の記憶が抜け落ちているのだ」
我輩が猫であった、という事実 以外はな。勿論それは伏せておく。どうせ信用されぬこと。
「えー、じゃあ記憶喪失ってやつなのかな。大変だぁ」
「当の本人からすれば、そこまで大した事案ではないな。現状の自分に、早くも慣れ始めている我輩がいるからだ。不満も不平も不便も感じない」
「お兄ちゃん、なんか難しいこと言ってる……よくわかんないよぉ」
「それはそうだ。お前は記憶を失うことを経験していない。何事も当事者になってみなければわからぬというものだ 」
少女は頭を抱えて悩みこんでいる。我輩はそれを止める権利も理由もない。
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