一章

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 辛い経験ではあったが、その分二度と味わえない良い経験でもあった。  沈没を想わせる様な大嵐の晩や積み荷を狙った海賊との戦い。  エクシブは感傷にひたりつつ仲間の旅の安全を神に祈った……が、その目で見たものではない限り、なにものも信じてはいない自分が、神の偶像に祈りを捧げていることに気付き、苦笑して次の部屋へと足を向けた。  仲間逹への挨拶回りもすでに終わっていたエクシブは、預けてあった旅の荷物を受け取りに船員の詰め所にいた。  自前の短刀を使って顔の髭を剃り散髪もし、薄汚れたシャツに軽い膝あて付きのズボンに固めの革のブーツを装着する。  荷物を纏め旅の準備を終えた傭兵エクシブは、ザクの言葉に従い船長室に向かう。  理由は一つ、この船旅を終わらせるためである。  詰め所からは二部屋先の船長室。到着すると一呼吸おいて息を整える。そして扉の前の護衛に見せ付けるかのように姿勢を正し、閉ざされた扉の奥にいる船長に聞こえるよう声を出す。 「リン=グラン=エクシブです。契約終了の願いの為参りました」
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