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六月十二日
海の近くにある三上公園はもう既に風が強く吹いていた。立入禁止の柵を乗り越え少し歩くと崖がある。
大きな公園なだけに平日の昼間にも関わらず人が多くいた。視線を掻い潜って柵を乗り越えれば、しかしもう人はいなかった。
鬱蒼とした森を十五分程歩くとついに崖に出た。
「むむ」
驚くことにそこには先客がいた。
彼女は僕に気が付いたのかこちらに振り向いた。
「お前は・・・」
彼女は僕の方にツカツカと歩み寄ってきた。
「はじめまして、藍沢香穂です」
「・・・」
僕が何も言えずにいると、藍沢香穂は僕に顔を近づけ、こう言った。
「エリートそうな顔ね、あなた、本当に死ななくちゃいけないの?」
「どうだろうな」
「ぐさっ」
藍沢香穂はそう言って僕の頸動脈を指で押した。
「な、なんだ」
「はい、今死んだ」
さらに顔が近い。
「あなたはもう死んだってことにして、私と一緒に、どこか遠くで」
そう言って、藍沢香穂は意味有りげに微笑んだ。
「生きたらどう?」
「ときめくね、悩むこともない」
「ふふ、決まりね。あなた、名前は?」
「僕は、吉原大輔だ」
「ふうん、なるほどね」
藍沢香穂はそう笑ってみせた。
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