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クリスマスの日、電話口で紅美に言われたひとことが大野の脳裏を過ぎった。それを聞いた時、大野は無意識に声を立てて笑っていた。頭の中のどこかで“お前は一体何やっているんだ?”と誰かに問われたような気がしたのだ。
「あんな必死になられちゃさ……勝ち目なんかないよ」
「え……?」
「なんでもない」
勝手に意味深なことを言っておいてなんでもないはないだろう。と朝比奈は思いながらもう一度聞き返すのも億劫に思えてそれ以上問うのをやめた。
「だからさ、僕の代わりに紅美さんのことよろしく頼むよ? 泣かせたりしたら今度は本気で狙いに行くから」
「は? あいつを泣かせていいのは俺だけだ。それにお前に今度はないから心配するな」
相変わらずの不遜な態度に大野は呆れたように笑ってスツールから下りた。
「瑠夏、今夜は話せて良かったよ。納得できないものもあるかもしれないけれど……お願いだ。これ以上絵里を恨まないでやってくれないか?」
「…………」
大野は、朝比奈の返事を待つことなく背を向けると、人ごみの雑踏の中へ消えていった。
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