2人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女はその長い髪を風に靡かせ、懸命に逃げていた
。
その紅蓮のような瞳は涙の雫を湛えながらも前を強く睨み弱々しさを感じさせない。
彼女は追ってくる狼を撒くために、深い森の中を高速で蛇行しながら疾駆していた。
彼女の体力は既に限界に近く足は時折もつれそうになる。
だが追いつかれてしまっては狼に食べられてしまうと言い聞かせ、その残りかすのような体力を燃やし走る。
背後から急襲してきた狼を詠唱と共に魔術で生み出した火炎によって威嚇する。
狼がその炎の壁に怯んだ隙に引き離し、一息ついた彼女はこのような目に遭う原因となった始まりの日、悪夢のような出来事を思い出す。
彼女は精霊--強大な力を持った生命体で寿命も持つ力も人間とは桁が違う--の父と人間の母の間に生まれた半精霊である。
住んでいた辺境にある村の住人からは異端の目で見られ、忌避されていたが親子三人で慎ましく幸せに生活していた。
そんな生活に転機が訪れたのは1週間前、村に地を埋め尽くすばかりの魔物の大群が押し寄せてきたときだった。
辺境にある萎びた村に村を守るための騎士など常駐してるはずが無く、村の中ではまだ戦える方である働き盛りの男が戦線に立ち村を防衛する事となるのは自然な流れであった。
しかし、100を超えるか超えないか程度の人口の村の男がいくら集まり武装したところで万を超えるであろう魔物の大群の前では塵に等しく、村が一つ地図から消えるのは時間の問題だろうと思われた。
絶望という概念が質量を持ったのかのように村の空気を重くする。
村が絶望に呑まれ、寄合では無意味であろう話し合いが続けられている間も、魔物という名の滅びは村に着実に近づいて行く。
その中で彼女と彼女の母は父、父を引きとめていた。
「魔物は俺が全て倒す。だから二人は安心して村に居るんだ」
「そんな!?いくらあなたが戦いに秀でた精霊、炎の精霊サラマンダーといってもあの地平線を埋め尽くすほどの魔物の大軍を滅し尽くすのは無理よ!!」
「パパ!一緒に逃げようよ!」
「サーシャ、ミラ。俺が二人と一緒に逃げたとしてもあの大軍だ。きっと追いつかれてしまう。いくら俺でも二人をかばいながら戦うのは不可能だ。なら二人が安全な場所に居るうちにあいつらを可能な限り滅した方がお前らが逃げて生き残る可能性が高まる」
最初のコメントを投稿しよう!