序章 近衛紫暮

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序章 近衛紫暮

 ──それはいつのことだったか。  父親に連れられてやって来た大きなお屋敷。当時、やんちゃで活発的だった紫暮は、大人同士の小難しい話に暇をもてあまし、屋敷の大きな庭へと飛び出した。  コイが優雅に舞う池。石段の先にある小さな祠(ほこら)に、鳥のさえずり。初めて見るような広大な庭に、小さな紫暮は目を輝かせた。  ──その女の子と出会ったのは、そんな時だった。  紫暮と違って、気弱で大人しそうな女の子。ツヤツヤとした長い黒髪と、綺麗な首飾りが特徴的なその子は、一人庭を駆けまわる紫暮をじっと見つめていた。何かを言いたげに、でも言いだせない、そんな複雑な表情で。  ふと、紫暮と女の子の目が合う。無邪気な少年は、気弱な少女に一言。  いっしょにあそぶか?  紫暮の何気ないひと言。裏表のない無邪気な言葉に、少女は目をキラキラと輝かせ、大きく頷いた。  二人は時間が許す限り、夢中で遊んだ。鬼ごっこをして、かくれんぼをして、呪符をくすねて、『陰陽侍』の真似ごともした。  やんちゃな遊びを好んだ紫暮に振り回されながら、女の子は必死に紫暮の後を着いて行った。  しかし、どんなことにも終わりはある。  紫暮の耳に、自分のことを呼ぶ声が届く。それは、楽しい時間が終わりを告げたことを意味していた。  おれ、もう帰らなくちゃ。
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