第1章

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 夏休みが終わった。  俺は、鏡の前で髪をセットしながら改めてそう思った。  久々に切るワイシャツは動きにくいし、これからつまらない授業が始まると思うとため息をつかずにはいられない。  夏休みは楽しかった。間違いなく、人生最高の時間だった。  高校デビューという言葉がある。  これまでおとなしかった中学生が、高校進学と同時にキャラクターを変えるという、賭けにも近い行為だ。もちろん中学時代からの友人にはすべてがバレているし、失敗する可能性も高い。そもそも、そう簡単に性格を変えることなどできない。  しかし、俺は大成功だった。高校生になって、俺は間違いなく変わったのだ。  勉強は頑張ってクラス上位に入り込み、部活はテニス部に入り日々ボールを追いかける。クラス委員にもなってクラスをまとめたりもした。おかげで部活は一年生の中で一番だし、休みの日には同級生と遊びに行っていた。  休む暇などなかった。しかし、それこそ俺が望んでいたことだ。今、俺は最高に満たされている。  髪をセットし終わると、鏡を覗き込んで細かく確認する。  流行に合わせてボサボサにセットされた髪型、整えられた眉。覇気のない瞳は仕方がない。そこは、適度に着崩した制服でカバーをする。  完璧だ。高校生の俺が、そこにはいた。  整髪剤を洗い落とすと、俺は家を出る。ホームルームまではまだ時間があったが、俺は早く学校に行って友人と話したかった。馬鹿な話をして盛り上がりたかったのだ。  足早に通学路を歩きながら、俺は改めて一年前との変化について考える。  俺が高校デビューをした理由。それは単純に、青春を謳歌したかったからだ。クラスメイトと遊び、勉強に勤しみ、ボールを追い掛け回す。三年しかない高校生活を楽しみたかった。青春すべてを抱え、落とさぬようにしっかり足元を見て歩んできた。  そして、高校生活に欠かせないもの。定番中の定番である、女の子との恋愛。  本来なら最も難しく感じるそれに、俺が焦ることはなかった。俺にはあてがあったのだ。  校門前にたどり着くと、見慣れた後ろ姿を見つける。肩のあたりで切り揃えられた髪に、細身な後ろ姿。俺と同じ高校の生徒であることを示す紺色のスカートに、その体に不釣合いな大きいバッグ。決して珍しいものではなかったが、俺が見間違えるはずはなかった。もう十年以上見てきた姿なのだから。
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