第1章

10/14
前へ
/537ページ
次へ
もうすぐフロアに着く。 そう思い、一瞬気が緩んだ瞬間。 「…………今度、展示会開くんだってな?」 背後から聞こえた低い声に、思わず体が硬直してしまった。 うわ。 喋りかけられたし。 この五年、ほぼ挨拶しか交わしていない俺たちが会話をするなんて。 そんな事を頭の片隅で考えながら、俺はゆっくりと後ろを振り返る。 「はい。おかげ様で」 自分の口から出た言葉に、内心ヒヤヒヤしてしまった。 やば。 声、超不機嫌になっちまった。 須藤さんはその整った顔をひとつも崩すことなく、十センチ以上うえから俺をじっくりと見下ろしている。 その迫力ったら、あなた。 ビビってないもん。 ちょっと、子鹿みたいに震えそうなだけ。 「おめでとう」 口の端を持ち上げ、男の色気をプンプン撒き散らしながらお褒めの言葉をいただく。 野生的なその顔立ちも、少し緩まれば女なら骨抜きになってしまうほど、 色気たっぷりな王子様のように変化してしまうものだから、これはもう再び悪態をつくしかないでしょ。 どんだけフェロモン溢れさせてんだよ。 こっちは男だっつの、窒息死したらどーしてくれる? 「ありがとうございます」 にこりと笑顔を浮かべると、俺は再びパネルへ向き直った。 イケメン、撲滅。 そんな呪いを心の中でかけていると、またハスキーボイスが後ろから響いて来る。 「俺も是非見に行かせてもらうよ」 ………………。 「わざわざありがとうございます。お時間があれば是非」 来んじゃねーよ、バカヤロウ。
/537ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6636人が本棚に入れています
本棚に追加